面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

気が付けば認知症?その後

 

僕はホームページで探し出した熊本県認知症専門の病院を探し出し予約した。10月13日の金曜日。仕事に何とか区切りを付け、予定では午後2時にその病院に着く予定だった。病院の指示で検査には家人も同行せよという事だった。おそらく僕が嘘をついたり、めんどくさい奴かどうか、客観的に評価する為なのだろう。熊本市内から車を走らせ、2時5分前。家人は駐車場で僕が来るのを待っていた。

病院の受付に行き、名前を名のり順番を待つ…が、窓口の事務員は怪訝な顔をしている。「あの…予約されたのはうちの病院でしょうか?」いきなり、病院を堂々と間違えた。気が付けば認知症…出来過ぎたスタートだった。

「そんなこたぁない。僕が予約したのはこの病院のはずですが」少し意地を張ったが改めて調べるに、その病院から20分ほど離れた違う病院だった。診療内容が同じで、同じ町内では間違えるではないか。ぐちぐち、つぶやきながら、正規の病院に電話し、何とか遅れ遅れの診察になった。

広々とした芝生の庭。建物の上には青い空が広がり、白い雲が湧きたっている。病院の待合室には誰も居ない。精神科、心療内科の病院に患者が寿司詰めという景色はないのだろう。プライバシーをまもるためか、微妙に巧妙に、患者同士の距離が作れるような配置がしてある。

若い女性の看護師が問診をする。先生の診察はない。足し算引き算…カードをめくり記憶テスト。手紙を折り、切手を貼り、ポストに投かんする作業。日頃やっている作業だから難なくこなす。計算は時々間違うが。自分の生い立ちから、これまでの人生について話す。今の仕事は?どこで何をしていたか?そうして、今、ここの椅子に座り僕は、若い明るく清潔な看護師の質問を受けている。清楚なパステルカラーのポロシャツ。良く見るとみんな同じ格好をしている。廊下の奥のベンチでうなだれたまま、検診の時間を待つ40代くらいの一人の女性。自分の生き方について質問される。あなたは生きて来て良かったと思いますか?自分の人生は楽しかった良かったと思いますか?最後の質問がしつこいのだ。そのことについては、時間をくれるのならたっぷり書いて次の診察時にお渡しします。僕は生まれて来て良かったとは一度も思ったことはないし、今が幸せだと思ったこともありません…。頭の中に次の言葉が浮かぶが、彼女は軽い笑顔で表情ひとつ換えもせずに、バインダーの白い紙にさくさく鉛筆を走らせ、そっとバインダーを閉じる。

次は、血液検査。レントゲン…CTの撮影。
おそらく2時間は経ったのだろうか。結果は来週の10月19日の木曜日に出ますとの事。

本来、19日は家人も同行で検診の結果の説明を受ける事になっていたが、パートの都合で僕一人が病院に赴いた。相変わらず広くて、白く清潔な待合室だ。相変わらず、窓から見る景色。ゆっくりした広場の真ん中に芝生があり、奥に白い病棟。誰も歩いていない景色。病棟の向こうにもくもくと沸き立つ白い雲。夏なのか秋なのか分からない景色。

すぐに診察かと思いきゃ、診察の前に若い看護師が30分くらい、知能テストを行う。前回よりも複雑で、記憶テストに使うカードの数も多い。何枚もカードをめくり、覚えた分だけ吐き出す。何度もやっていると、記憶にリズムが出来て来て、どんどん答えを吐き出す。

カードゲームが終わり、白いドアが横にスライドし、診察室に入る。歳は60前か。パソコンを前に、笑顔を浮かべながら男性の医師が自分の名前を言い、僕の診断結果を説明する。

「あなたは、認知症ではありませんよ」「そう、なんですか…それは良かった…です。これで安心しました」僕はほっとして、彼の前で笑顔を見せたのだろうか。

ただですね…医師はパソコンのモニターを開き、CTの画像を見せる。マウスをカチカチとクリックするたびに僕の脳の輪切りになったモノクロの画像が拡大、表示される。「これが上から見た画像で眼球が丸く映ってますね」「はい‥」「ここが、昔、手術されてクリップが挟まれた画像」確かに頭蓋骨の右の端に、白く尖ったはさみのようなものが3つ並んで反映されている。「このクリップの周り…見ていてはっきり分かるでしょう?…取り巻くように黒く色が変わっています…脳がダメージを受けている個所なんですね」

今年、2月に受けた脳外科のMRIでは何の問題もないと、その病院の医師は話していた。これまで1年に1回、手術を受けた病院でMRIの検査を受けていたのだが、その度に何の問題もないと説明を受けていた。脳外科と心療内科の医師で脳の見方がこうも違うのか。

さらに、心療内科の医師の説明が続く、「さらにここ、ここは海馬という記憶をつかさどる脳の器官なんですがね、この海馬の形が少しおかしい。」灰色の脳の画像の中に左右対称の黒い勾玉ののような形をした黒い形が明瞭に見える。「健康な人の脳の海馬の形はこんな形ですが、比較してみると、違いがはっきりわかるでしょう?」

熟練した医師なのだろう。他人の脳の中について、細かく、上手く伝えるのは。しかも冷静に笑顔で落ち着いて…淡々と。

高次脳機能障害」という症状ですね。「いや、日常の生活には何の支障もありませんから‥車の運転もこれまで通り問題はありません」薬を出しておきますから、夕食後に1錠飲んでください。3か月分です。

「先生、では、その薬を3か月飲んだら、もうこの病院に来なくていいわけですか?」「いや、3か月で終わるわけではないです。これから通院してください」

…そりゃ、そうだろうよ。

高次脳機能障害と診断された僕の脳。あれだけ暗くどんよりと影が出来ていたではないか。3か月かそこら、薬を飲んだくらいで脳の暗い影が消えるわけない。医師から見たらそんなとぼけた質問した僕の脳は救いようがないと思ったのだろう。これまで朝に飲んでいた薬が6錠。夜に飲むのが、今回の薬の追加で2錠となる。

セレニカR…飲むと気分が重くのしかかる。

「気が付けば認知症」ではなかった。これは幸運なのか、悪運なのか。なにかの運命に生かされてきただけで、これまで生きていてよかったと思ったことはない。もし「生きて来て良かった、幸福にと思った」という思いがあったとしても認知症になれば、きれいさっぱり消え去るのだろうが、僕の変形した海馬はいびつな記憶をしまい込み、違う記憶を吐き出すのだろう。日常生活に支障はないと先生は言うけど、これからもこんな自分との付き合いが長く続くのだろう。

すぐに書き残そうと思っていたが、10月から長い時間が経ってしまった。