面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

思い出のサンパツ

あ~頭がもやもやする。朝起きて、顔ももやもやする。猫の毛が顔にまとわりついている。顔を洗ってもすっきりしない。ただでさえ、頭がもやもやして気分が落ち込むのに。思い切って、散髪にいくことにした。が、我が町内には散髪屋が2件しかない。1件は遠い親戚だが、気が全く合わないので小学6年以来一回も行っていない。それでももやもやには耐えられぬ。妻が隣町に、髪を切るだけで800円の店があるという。とんでもない、そんな店は見習の実験台になるだけではないかというと、妻は普段からそこに行っているという、毛染めで1000円らしいのだが、そんな店に行って年をとるとハゲになるか無残な髪になるぞというが、我が家にはお金がないからね~と言う。そう言われると、お金がない原因の僕は何も反論できないのだ。日曜日、その800円の店に行くことにしたが、幸い、稼ぎ時の日曜に休みなんて・・・ホッとする。しかし、どうしても髪を切りたいので、帰りは違う道を通り、路地を彷徨う。ああ、確か、高校の同級生のタサキが理容店をやっているはずだと思い出した。タサキはちょいと性格がひねくれていて、ひねくれもの同士、距離を持ちながら、仲がいいのだ。20年くらい前に、高校の同窓会で会っただけで、それ以降あっていない。その同窓会で田舎の町で親の後を継ぎ床屋をしていると言った。僕は「一度、行くわい」と答えたが、タサキはニヤリと笑い、「これまで、そう言って店に来た奴は一人もおらん」と答えた。

確かに、大人の挨拶ほど、実は嘘で、気色の悪いものはない。僕も嘘付きの一人で、20年間一度もタサキの店に行ったことはないのだ。しかし今度は違う、田舎の路地を迷いながら、妻が古い「タサキ理容店」の看板を見つけ、妻の運転する車は一方通行を堂々と逆走して「タサキ理容店」の駐車場に入る。店のドアを開け店内に入ると、はげてやや腰の曲がった親父が、パソコンで将棋のソフトで時間をつぶしている。店には誰も居ない。「ちょいと散髪してくれ。親父」と言うと、タサキは僕の顔を見て不思議そうな顔をした。名前を言うと「ああ~、どこかで見た顔ばい」と思い出してくれた。前回のわずかな同窓会のひと時を除けば高校卒業以来40年ぶりの再会で、今は客と床屋の親父との出会いである。片方は頭に傷を負い、片方は毛が無くなった。僕の髪を切る音の合間に昔なつかしい話をした。よくぞこんな田舎町で、床屋をやっていけるものだと思う。男の一生なんてあっという間なのだな。タサキは糖尿で、運動第一と客が来ない時は一人店内を大股歩きのスローモーションで何回も歩くそうだ。相変わらず馬鹿というか、いじましい努力と言うか。「糖尿の予防」は炭水化物を控える事だと言うが全然聞き入れない。高校時代から、食事は今もご飯大盛り2杯食べるという。まぁ、それでも元気だし、何も言うまい。僕はさっぱりした頭に、似合わぬ野球帽を被り、3000円払って店を出た。「また来るわい」800円の店ではこんな再開もないし、機械的な作業で僕の頭は考える間もなく刈り取られていたろう。おれらに大事なのは時間だ。せめて、こんな散髪の時間だけは大事にせねばならない。両親はすでに亡くなり、子供は娘三人、要するに彼が亡くなれば、タサキ理容室の歴史は一巻の終わり。お互い皮肉屋同士。最後までこの店には付き合うつもりとする。時間が経っても不思議と気が合うものだ。