面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

8月15日が過ぎて、街はもとの姿に


また今年も8月15日の敗戦記念日前後に、テレビではいろいろな特集が組まれ、涙を誘った。NHKは一番の頑張り屋さんで識者と若者の対談番組とかやっていたな。

ただ毎年、どーも、違和感を感じるのだけど。

例えば、広島、長崎に原爆を落としたのは誰?という違和感がある。原爆は台風、自然災害ではないし、アメリカが投下した爆弾なのだ。東京大空襲も地方の空襲も雨あられのように、無慈悲な爆弾を落としたのはアメリカなのだ。つまり、いくら広島、長崎の原爆投下の悲惨さを訴えようとも、アメリカの「戦争犯罪」については誰も一言も言わない。言えない。言ったらダメと言われている。

更に言えば、昭和天皇の「戦争責任」についても一切、誰も口にしないという違和感。画像では天皇陛下万歳といいながら特攻隊は基地を飛び立ち、みんな天皇陛下万歳と送り出したではないか。ヒトラーの悪口をさんざん言いう人がいるが、我が国の神については一切誰も口にしない。(沖縄の作家、目取真さんくらいか。) つまり今もって表現の自由はないのだ。学校が火事で焼け、天皇御真影を焼いてしまった校長は切腹して詫びた。それくらいの話はどこでもゴロゴロ転がっているだろうに。

戦後、何十年も経っても、タブーについて、触れない雰囲気はもう絶望的だ。生放送でこんな発言したら大変だろう。誰も責任を取らない戦争。つまり次の戦争が起っても誰も責任を取らないという事なのだ。どゆこと?

昔は好きだった。司馬遼太郎の「飛ぶがごとく」全巻読んだ。僕は村田新八にあこがれた。明治維新政府は海外の侵略に負けないように、中国、朝鮮半島、東南アジア侵略しまくる。もうお金がない。お金稼ぎに戦争に次ぐ戦争。日本史を紐解くと明治維新、戦争政府。こんなんなら、徳川慶喜が政権維持した方が平和だったかもと思う。天皇を政治利用し、強引に廃仏毀釈までやりやがった。

「日本で一番長い日」ビデオで見るに、原爆落とされても、まだ将校どもは本土決戦、神風が吹くと言い張っている。沖縄の次は九州、鹿児島を護れ。(20にも満たない僕のオヤジも鹿児島に行かされ、危うく死ぬところだった)ところが、いったん戦争に負けると決まると涙をぬぐい、これまでの資料を焼くのだ。証拠が残らぬように。

靖国神社の建立は明治2年。祀る神は戦争で死んだ英霊とか。もちろん、日本書記には英霊とか言う神は出てこない。そんな神に英霊をまた政治利用を企む、悪霊が玉串を捧げる。
天皇は人間であり。神社に霊は棲まない。

僕も今年64歳。どうも生きづらい64年だったと、改めて感じるのだ。8月15日が何時ものように過ぎ去っても。

※当時、女性に選挙権はなかった。男子でも一定の納税額がある男子。有権者は人口の2割。
その2割の人間が戦争を選んだのだ。今の選挙でも投票率は2割程度。悪霊にそそのかされ責任を取らずに有事、有事と叫ぶものども。

いよいよ危ないよな。