面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

ハイパント

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ラグビーのワールドカップは良かった。テレビの前の猫どもも心なしか喜んでいたと思う。猫からしたら、日頃めったに聞いたことのない人間の叫び声を聞いたに違いない。

「うおりゃー、ヒィーッ、ボコボコにしたれっ、キャーッ、ヒィーツ、ウオーツ、キャー!ちょいと待たんかいわれー、コルビー大好きー」(この叫び声のほとんどは家人のもの)

およそ試合時間の80分。週末になると我が家の猫どもも、毎回こんな叫び声を聞かされて、新しい発見をしたのだろう。

「猫は丸いタマを取るけど、人間も大勢で、横に長い球を取るじゃないか!それも押したり、引いたり、なんと情けないことよ。しかも球を抱いたら離さないことといったら、ごねてごねてごねまくりなんとも潔くないニャー、あの楕円の球の中にはマタタビでも入っているのかもしれないニャー」

ワールドカップを機に、廊下を小弾(今回の写真)が白いスポンジを口にくわえて、ちょこちょこ急ぎ足で行ったり来たりするようになった。

僕はそもそも球技が苦手というより嫌いな性格だが、ラグビーだけは違う。なんとも言えぬ混沌さが好きで、それを証拠に、京都から熊本に帰る年にはラグビーの聖地、大阪花園競技場に社会人のラグビーの決勝戦を見に行ったほどなのだ。

しかし、ラグビーの素人は家でテレビで見るに限る。生で見ても、どんな反則かテレビのようにていねいに説明してくれる人は居なくて、審判の笛の音が響くとさっさとプレーが再開され、訳が分からないまま、遠くのグラウンドでの大人の押しくら饅頭を見続け、気が付いたら勝敗が付いていた。やはり鳥の目で、見ないと素人は面白くない。今回の試合はキャノンの特殊技術で、瞬間瞬間のプレーが、即座に再現されたそうだ。

これで、田舎でもラグビー人口が増えたらいいのにと思う。しかし、そうはいかないのが人口減少、少子化の我が国の実情なのだ。テレビで東北のタレントが高校時代の話をしていて、その高校にはラグビー部員が一人しかいなくて、グラウンドでその一人の部員は一人校庭でハイパントキックして、そのボールを拾いに行くトレーニングをひたすら繰り返していたという。ラグビーが終わり、ひといき。そんな話を、僕は時折思い出す。田舎ではラグビーにかかわらず、メンバーが足りない。仕事にしても趣味にしても、一人、ハイパントの練習するしかないのだなー。少しでも高く、ボールを蹴り上げる、そのボールを自分で拾いに走る。そしてまた高く蹴ろうとする。すこしでも高く。また走る。運動音痴な僕でも、今回のワールドカップを見て、いつになくいい気分になったのだ。