面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

気が付けば認知症?

 

最近、よく認知症の事が話題になる。特に、若年性認知症とやらが話題で、気が付けば誰でも認知症になる勢いだ。外見では認知症かどうか、誰も見分けが付かない。骨が折れたり、松葉杖したり、包帯巻いたりしていないので誰も見分けがつかない。本人も。要するに普通の人の格好、風情をしている。長髪でひげを生やしたりしている胡散臭い男も、スキンヘッドで皮のジャンバーを裸体に羽織っている男も、紺色のスーツ姿で髪を分け、分厚い鞄を下げた男も、認知症かどうか見分けがつかない。

 

認知症の症状はつまり、物忘れ、ここはどこ?あなたはだあれ?計算が合わない、道に迷う…症状自体も、普通の人でも時々、同じような症状が出るのだ。ただ、そうして認知症を単なる加齢、物忘れと放置していると症状が悪化し手に負えなくなる…のを、普通の人は経験していないから、気が付いたら手遅れになる。頭の中に、縦横の線を交差して引く。認知症のスピードが遅い人速い人が横線、程度の軽い、重い事を比較する縦線…怖いのは短期間で症状が重くなる人。逆に見分けが着かないのは、長ーい、期間に症状が進行し程度も軽い人。僕は後者なのだろうが、まぁ、先を急ごう。

 

気が付けば認知症。あと数年も経てば、道の向こうから認知症の集団がゾクゾク歩いてくる。バスの乗客のほとんどが認知症。運転手も。新幹線の運転手も。人手不足だから仕方ない。乗客もそうだから気が付かない。座席でみんな薄ら笑いをしている。すでに今の政治屋の半分は認知症だ。投票民も。

 

僕が2018年の2月にクモ膜下で入院し、明日の8時からいよいよ手術という晩。ベッド横のテレビではタモリと作家の又吉直樹氏が人間の脳内を模したセットを歩きながら、脳の仕組みを説明していた。人の脳内は、まるで木々が生い茂ったジャングルのようだった。二人の体を覆い、垂れ下がる細い、枝、足にからまるツタは人の脳内の神経なのだ。二人はその神経の茂みをかき分けながら脳内を歩いている。時々、頭上に雷のような光が走る。そのひらめきは、人が何かを思いついた時のひらめきの光らしい。二人の話の結末は覚えてないが、僕は次の日に、その神経、細い枝を痛めつけないように執刀医の牟田先生が、破れた血管にクリップを3個挟み、そこから血が漏れないように手術してくれたのだ。先生がその作業を終えるまで約9時間かかった。

 

奇蹟的に、僕には大きな後遺症も起らず、退院し社会に復帰した。一度だけ大きなてんかんの発作が起きた。全身が震えた後、棒のように体は硬直しイスから崩れ落ちた。それから死ぬまでてんかん予防の薬を飲むことになった。2年間は車の運転禁止。

 

時に、その脳内の乾いたジャングルに細い針の雨が降り、その細い金色の針は僕の脳内に痛みを与え続けた。いくつもの針の雨。長い雨の後、その痛みは消え、それと共に、僕の暮らしに、思いがけない間違いが起り始めた。数字の認識ができなくなる。1の数字が持つ感覚、2の数字が持つ感覚…何度確認しても認識できない。1番ホームで2番のホームに来る列車を待ち続ける。携帯を何度も忘れる。帽子を忘れる。財布を忘れないように、取り出し横に置いた数分後、財布がない!と焦る。漫画のようだが、忘れないように、メモを書いたそのメモを忘れる。そのメモを探し、焦る。支払いの金額をあれだけ確認したのに間違う。ろれつがだんだん回らなくなる。字が書けなくなる。どんどん自分の字が溶けて行く。最近、さっきの頭の中に引いた線で、進行の波が急に押し寄せて来た気がする。

 

定食屋で飯を食う。とにかく隣の席の話し声が煩いと感じる。テレビを見ても、彼らが何を言っているのか、言いたいのか全く分からない。定食屋の客の煩い声と同じだ。彼らは、ひたすら弱っている人を痛めつけている。弱っている人も、更に弱っている人を痛めつけている。

 

ジャニー何とかの犯罪を問うなら、イギリスのBBCの放送がなければ、あなた達は今もそんたくをしていましたか?と、問えばいい。答えは当然。他者からの指摘がなければジャニー何とかを今も褒め称えていたでしょうに。

 

自然を紹介する番組の画像の下に、「特別な許可」を得て撮影していますという、無駄なお断りの文言が付きはじめたのは何時からか?撮影行為に何か問題があるのではないか?というクレームをしつこく送る奴が居たのだろう。では僕が今度は、そんなお断りの文字など目障り、入れるなとクレームをつけたら、その「特別な許可を得て撮影しています」という文字は消えるのか。

 

そんな、テレビが作る仮想世界が嫌で山に行く。

何故か突然、通い慣れた吊り橋が怖くて渡れずに、這いつくばって渡るようになる。頭がくらくらし、まともに歩けない。

 

そして、とうとう山で遭難する。

僕は普段は単独行で、自分のペースで歩く。団体登山はしない。しかし、今回は仕方ないので集団の登山に入り坂を登る。みんなと同じペースで歩くのは本当に嫌だ。見てみろ、みんな景色なんぞ見てはいない。ひたすら頂上を目指してやがる。こんな登山は嫌だ。寄り道しながら、僕は道端の山野草達と時間を過ごしたい。自分だけの時間が楽しい。暑い、もう耐えられない。登山のリーダーにもうバテバテだから引き返したいと伝えた、来た道を引き返す。地図なぞない。アプリもない。何とかなるだろう。来た道を引き返すだけだ。時間はたっぷりある。

 

ここはどこだ?どこの山頂か?つい1時間前に通ったピークなのに覚えがない。焦る。

何度も行ったり来たりする。救助を呼ぶなぞできない、さっき別れた後なのに。焦る。

良く見ろ、落ち着け、ほら、見つけたぞ。あの馬酔木の茂みに赤いテープが巻いてある。その奥にも。それを辿れば帰路に付くはずだ。

 

こんなに軽はずみな登山はしたことはなかった。どんな山でもルートは確認し、おぼろげながらでも、自分の登山の流れはつかんでいた。何とかなるだろうなどという思いで山には登らなかった。心の中に、何とかなるだろうと、自分の体を突き動かす、あやつる力が働く。

 

林道に出る。バテバテのオヤジが荒れた林道を10キロ歩く。激しく崩落した崖をよじ登る。角を曲がると、又、激しい崩落地が出て来る。足場が崩れる。土の上に突き出た木の根を引きよせ体を引き上げる。もう一本、木の根を探り、体を引き寄せる。何とか道に出る。足元は深い谷だ。それでも山の悪魔は僕を解放してはくれない。携帯のバッテリーがもうすぐなくなる。足元が暗い。じわじわと闇が迫る。ぶ厚い、闇のゾーンが僕の姿を包み込もうとしている。杉の木が切り倒され、何本も積み重なる。その木々を潜り抜け、這いつくばり、手探りで進む先、ぼんやりとした闇の向こうには、ズドンと数十メートル崩落した崖が見える。崖の切っ先に僕は居た。ゆっくり後ずさりする。奇蹟的に知人の携帯に電話が繋がる。

 

認知症の脳内にも、こんなに深い闇の世界がひろがるのか。

とぼとぼ、永遠に長い林道を歩き続ける認知症となった自我があるのか。

 

心療内科認知症の相談窓口に電話をする。脳ドッグより安上がりだ。

間違えないように、数字を、ひとつ、ひとつ、スマホに打ち込んでいく。

 

その病院の口コミを読むに、激しい攻撃を受けている。誹謗中傷。名指しで長いいちゃもん、批判の口コミが書かれてある。トータル★1個。いやはや、壮絶な世界、病院としては放置するしかない。(僕も書き込みそうで怖い)

 

電話に出て来た受付の女性は、きちんと、毅然とした口ぶりで説明し検査日の受付をする。10月13日午後3時から。受付日、時間を間違えないように。