面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

グローバルチャレンジだとよ。

f:id:ztakeda34931230:20191208220205j:plain

またまた熊本で流れるCMへのいちゃもんなのだ。「グローバルチヤレンジ」って…このうさん臭さは何だ?世界中の蜂蜜を輸入して、ブレンドして売ってるだけではないかい。本気で世界の環境にチャレンジしているなら、ちゃんと実績を示しなよと思う。試飲して住所書かされたら、翌日電話があり、プロポリスだの何だの変な健康食品を売りつけるのは止めなと思う。

この前久しぶりに20年来の知人の養蜂園の師匠から忘年会の誘いがあった。ここは国産の蜂蜜しか扱わない主義だ。(なにも外国産の蜂蜜の質が悪いとは言ってない)夜明けから深夜まで県内の山々を駆け回り巣箱を置き、蜜を集めてまわる。

毎年毎年、花は咲くが採れる蜜の量が減っている。つまり、これまでの倍近い労力をかけて、前年と同じ量の蜜を摂らなければいけないのだ。ところが師匠の養蜂業も2016年春の熊本地震で大きな被害を受けてしまった。県内各地に置いている巣箱が地震で横倒しになり蜂が逃げた。そもそも巣箱を回収するにも道が寸断され、現場に行くことすらできない。さらに地震後の大雨で山水が流れ込み、巣箱自体が壊滅状態となった。数万匹の蜂が居なくなるとその春の蜜を集めることもできないまま、人件費がかさむ。売る蜜すらない。損害額は億単位。それでも全国から集まった養蜂仲間から蜂の支援を受けながら仕事をつなぎ、今年、地震前の水準まで経営が軌道に乗り始めて、改めて創業20周年の忘年会を開けるようになったそうだ。

養蜂の師匠と会ってから、僕も春になると、今年の菜の花は遅いか早いか、元気がありそうか?蓮華畑はどうだ?去年より広いか、花に元気があるか…野ばらの蜜はもう少ししてからか…。農業とは無縁の僕も風に乗る花の香りが気になり、春の気温、日差しも気になるようになってきたのだ。

今更ながら恥ずかしい限りだけど、自分の身の回りの自然の変化にようやく気が付き始めたのだ。大きな病気をしてからは、残された時間を数え、自然をいとおしむ気持ちが更に強くなってきた。

裏山に登ると濃い緑の葉の中で数枚の赤く熟した葉の色に気が付いてシャッターを押す。

正直、日本の養蜂業に明るい未来はないと思う。自然と蜂と100%協業する仕事は、自力で自然を人間の都合のいいように変えることはできないのからだ。

山から降り海岸のベンチに座り、目を閉じ、鼻で息を吸う。息を吐く。微かに潮の香りがする。耳を澄ます。何度も同じことを繰り返す。波の打ち寄せる音。漁船のエンジン音。若者の語らう声。

僕の耳の奥から、日ごろの雑念、煩悩、仕事の悩みが湧いてくる、湧いてくる。消しても消しても湧いてくる、言葉。

僕は僕ではない時間にまだ、支配されている。どんどん無駄なものを無くしていかないと、すぐに僕の時間が侵食されていく。

「グローバルチャレンジ」なんでペラペラの言葉を使うなコピーライターさんよ。こつちは勝ち目のない「愚(グ)・ローカルチャレンジ」なんだよ。僕はチャレンジする気力も余力もないが、海に向かい息を吸って吐く。雑念を吐く。