面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

スミレ 2段構えの術

 

3月末に五家荘の花の写真を撮りに行った。お目当てはカタクリの花なのだけど、満開の写真が撮れるかどうかは運次第。山も本格的な春の到来となる。今年は気候変動の影響か、山桜も満開であったり、すでに散ってしまったり、開花状態が色々。悲しいかな、年来の大雨で山道も荒れ、春になっても山の疲れも取れてない気がして、何か辛い気がする。(そう感じるのは僕だけか…)

 

今や僕の定番の散歩道はハチケン谷の周辺。時々、石が遠くの崖から音もたてず飛んで来るのでヘルメットは必携。気が付くと頭上の木の枝が揺れている。林に踏み入ると、ヒトリシズカが緑の葉を開き、シズカに開花。岩の影をこっそりのぞくと、コバイモ、ネコノメソウもこっそりと咲いている。左側の崖のむき出しの岩の間に咲く、タチツボスミレと目が合う。今回は何故かスミレの淡い紫色の集団にたくさん出くわした。

 

たかがスミレと言うなかれ、写真を撮るのと一緒に、その花の性質も調べると面白い。今回あんまりきれいに見えたので、以前買った本をあらためて読む。

 

 

不思議な事にスミレは2種の花を咲かせるそうなのだ。(全然知らんかったな)

今の大きく紫に咲いた花を開放花と言い、いろんな虫を迎え入れ、(新しい遺伝子を得る為)受粉する仕組みになっている。花にある線の模様は蜜に至るルートを示す道標(みちしるべ)ならぬ蜜標と呼ぶそうな。

 

スミレの2段構えの術。なんと裏技がある。開放花が咲き終えた後、秋遅くまで、地味で目立たない、ストローのような閉鎖花を咲かせる。開放花でいろんな蜂や虫に「いろんな遺伝子、みんな集まれ!」と叫び、生き延びるための強い遺伝子を集め、閉鎖花では手堅く100%受粉し、スミレの遺伝子をキープ。低コストで子孫を残す仕組みになっている。開放花、閉鎖花、どちらの実も熟すと裂けて、種を弾き飛ばし、実験では最大飛距離2メートル飛んだそうだ。更に更に、種には蟻に運ばせるためにエライオソームという甘い物質をつけ、更に種子を遠くに運んでもらう。植物は移動できないので、色々考えて、自分らが生存する為に、真剣に工夫をしているのだなとその本を読んで改めて感心した。研究者の熱意はすごい。

スミレの語源は大工道具の墨入れ。つぼみの形が似ているから。

 

昔、ギンリュウソウの生態系を研究した人の論文を読んだことがある。その人は光合成をしない銀色透明の銀ちゃんの栄養素を誰が運ぶのか、数年間研究した。(とんでもないオタク力、その人、銀ちゃん以外、友達いないだろうな多分)

 

…さて、肝心の「カタクリ」の花

 

 

某所で何とか撮影できたけど、カタクリの生態も不思議…というか、カタクリは耐えに耐えて、暗い木陰に花を咲かせるのだなと感心した。カタクリは春の妖精とも言われ、他の植物が開花する前に花を咲かせ光合成し、実が熟すと葉は溶け消え、種と球根が次の年の春まで地中でひっそり眠って過ごす。短期の光合成ではキチンと成長するには大変で、種から芽生えたカタクリの最初の葉は糸のような葉。翌年は少し広めの葉を広げ、球根にでんぷんを蓄え、7,8年後、ようやく葉を2枚だし開花するそうだ。(と、いうことはカタクリの研究者は少なくとも8年は研究を続けたわけだ)

 

花の中心近くの紫色のMの模様は虫に蜜のありかを示す蜜標。スミレと同じように、種子にはゼリー状の脂肪酸が付いていて、蟻に種子を運んでもらう。そのゼリーが運んでもらうためのオマケだそうだ。今年のカタクリは撮影のタイミングが遅く、ちょっと疲れた顔しか撮影できなかった。

 

カタクリの花園の近くの川沿いの小道を踏み進むと、ヤマメ釣りのフライフイッシングの二人組に会う。川は荒れ、以前ならヤマメが潜んでいた淵もなくなり、苔むす岩も流され、川は平坦で釣果はなしとの事。二人は山や川が荒れているのに嘆きながらも、川にゴミが不法投棄されている光景を嘆く。こんな小川の奥にゴミを捨てなくてもいいのにね。

 

山から下りて、自宅近くの漁村の海岸の近くの小道をぶらぶらする。海岸も牡蠣殻、漂着したごみ、ペットボトルが異臭を放っている。

 

その小道の脇には、スミレの花も、もちろんカタクリの花も咲いてはいないが、まだ名も知らない、野草がたくさん咲いていた。小さく尖がった黄色に、丸い紫、朱色に青色の点々の花たちが、春風にゆらゆら揺れている。

 

有名、無名…花には関係なし。みんな、みんな、花たちに春が来たのだ。

 

※勝手に引用、意訳しました。 

参考文献 野に咲く花の生態図鑑 多田恵子著 筑摩書房

「ガザとは何か」パレスティナを知る緊急講義 岡真理 大和書房を読む

 

どうやら世界の半分 (特に欧米・日本人)はスマホでしか情報を得てないらしい。こう毎日、何度もデマ情報、フェイクニュースが繰り返されると、本を読む時間もないし、考える時間もコスパ、タイパで無駄な事と思い込む。円安円高、株を買いお金を賭け、スマホ1台で簡単便利に儲かりゃそれでいいのよ。どんだけ人が殺されようが海の向こうのお話。ホームラン1発で暗い雰囲気も一掃できますから。

先月、ラジコで文化放送の「大竹まこととゴールデンラジオ」を聞いていたら、「ガザとは何か」という本の著者 岡真理(早稲田大学教授)さんが出演されていて、今起きているパレスティナの問題を語られていた。とても緊急を要する問題で、イスラエルによるパレスティナへの虐殺について、どんなことがあってもやめさせようと語る岡さんの熱い思いが、大竹まことが話をさしはさむ余地がないほど圧倒していた。岡さんはパレスティナ、アラブ問題の専門家で、長年この問題と正面から向き合ってこられた。

岡さんは日本のマスコミの報道に憤りを隠せない。今パレスティナで何が起きているか、無知、無理解が故に、日本のマスコミの誤解を招く報道が国内に際限なく拡散され、本質から人々の目をそらす行為に腹を立てていた。そんなデマニュースが流されているうちにも、無実のパレスティナ、ガザの人々が虐殺されているのだ。この前、イスラエル軍が南部から撤退というニュースが流れたとたん、南部は更に爆撃され多くの人が亡くなった。誤報は訂正しろよな。

そのラジオを聞いて、岡さんが著した「ガザとは何か」パレスティナを知る緊急講義という本を買い、読む。

僕はようやく気が付く。パレスティナの虐殺は、欧米人の差別主義、植民地主義が原因で起きた事なのだと。第二次世界大戦後、差別、ジェノサイドに遭ったユダヤ人は結局、欧米人のエリアに国を作る事を許されなかった。そしてアラブ人のエリア、パレスティナ人が住む地に勝手にイスラエルの建国を許される。ユダヤ人の歴史、宗教の起源の話なんてどうでもよい。欧米人は自分らの都合でユダヤ人にアラブの地に国を作らせた。要するに新しい植民地を差し出したのだ。イスラエルも本性を現し、かって自分らが差別、虐殺された事と同じ事を平気でパレスティナの人々に行った。たかが戦後80年の期間の事。その期間の中、アメリカはベトナム戦争アフガニスタンイラク戦争と、世界のあちこちで戦争の火種をまき散らし、血に飢えた化け物のような国と化した。

今回のイスラエルのジェノサイドで、僕が理解できなかったのは、パレスティナがガザと、西岸に分断された理由だった。一般に西岸の地域は「穏健派のファタハが支配」し、ガザは「過激なハマース」が支配しているという…そんな定番の説明は嘘だった。岡さん曰く、穏健派のファタハというのは、欧米の操り人形政権にすぎない。(欧米が軍事訓練し、ファタハパレスティナ全体を支配させようとしたが、失敗、民主的な選挙でハマースが勝利した)。…結果、ガザは分裂、内戦が続き、パレスティナは西岸とガザに分断したのだ。それもこれも、アメリカと欧米のご都合植民地主義の結果だったのだ。反抗するガザをイスラエルは壁で包囲し、管理する。長年の差別や迫害、殺人で怒りが頂点に達したハマースはイスラエルを攻撃する。(国際法に基づいた抵抗権の行使)

パレスティナの青年が石を1個投げたら(抵抗権の行使) 彼の家族や住む家まで戦車で砲撃、破壊、殺害するのがイスラエル。石を投げた青年は危険なテロリストと言われ、殺されても仕方ないと言われる。おじいさんが丹精込めて育てたオリーブ畑に銃を持ったイスラエル兵が侵入し、追い立て、おじいさんが「神の木」というオリーブの木をなぎ倒し、畑を整地し略奪する。子供たちは泣き叫び、おじいさんは顔に手を当て地面にへたり込む。こんな心を冷えさせる動画が何度拡散されても欧米人は何も感じない。結果、ガザでは3万を超える無実の人々が虐殺された。世界の人々が見ている前で、人が殺されていく画像が流される。第二次世界大戦ユダヤ人をジェノサイドしたドイツ人もアメリカの次にイスラエルを軍事支援する。

年俸数億円の野球選手…彼の通訳が違法賭博で解雇されるニュースが繰り返し流される。日本の宗主国アメリカで、日本人もアメリカ様にあこがれているわけだけど大きな勘違いで、欧米人の差別、植民地主義に飼いならされているだけ。その大きな勘違いに気が付かないと、何年経っても奴隷のままなのだ。奴隷は更に弱い奴隷の頭を叩く。作家の村上春樹氏の言うように、僕は壁に投げつけられる卵の方に立つべきなのだ。勘違いしたらいかん、僕は差別される側なのだ。

この数週間、日本のニュースからパタリとイスラエルの虐殺の映像が途絶えた。パレスティナの人々が餓死に追いやられ、数万の人が飢餓に陥ると言う時期に。僕のスマホのXでは毎日、パレスティナの人々が殺され、子供たちの死体の動画が流されるのに、日本のニュースでは何も流されないのはどういうこと?欧米の国内でイスラエルの虐殺に抗議する人々の映像さえ流されない。

アムネスティ・インタ―ナショナルはイスラエルアパルトヘイト国家と指摘。アフリカ民族会議の議長もイスラエルをアパルとヘイト国家と指摘。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチもアパルとヘイト国家と報告…
イスラエルは人権侵害と批判する人権団体を「テロ組織」と認定しかえす…

僕は血の滴る携帯を、胸ポケットにそっと、しまい込む。

熊本県知事選挙 得票差 95,260票

 

どうも悪い癖がついてしもたな。
ヒマな時についスマホのニュースを見てしまうのだ。僕のような壊れた頭の持ち主より、遥かに賢いAIは一旦、検索したにニュースに、そのニュースに関係のあるニュースが付いて離れない。最近で言えば、アメリカの野球選手の通訳の違法賭博事件なのだ。もう、うんざりなのだが、どこまでもついてまわるAI君。スクロールしても、延々とその事件が付きまとう。スマホを見ている以上、熊本県知事選の話題などほとんど出てこない。

僕は、投資やばくちに負けた人には同情しない。いくら甘い汁に誘われ騙されたにしても、儲け話に飛びついたあんたが悪いのよ。1000万騙されたのなら、これまでわずか10万でも寄付したことがありますか?と聞きたい。大体、そういう人物はお金に汚いどころか、他にも汚いところがあるのだ。今は「彼は善人なのに何故?あんないい人が何故?」という擁護論(朝、TBSのバカアナウンサーがなき声だった)があふれる中、時間が経つにつれ、その仮面は剥がされて行くのだ。(テレビ局は視聴率が稼げればよいのだ)

世間の本当の姿は、スマホで表示されるニュースではない。
僕が愛読する全国紙「毎日新聞」の1面は

3月21日「香港国安条例が成立」…中国の悪口言う人は捕まえるという条例
3月22日「ガザ市民を拷問か」…イスラエルホロコーストナチスと同罪
3月23日「水俣病救済 熊本は棄却」…熊本県による、水俣病患者の棄民化

こんな世界的なニュースがスマホニュースではほとんど報道されずに、アメリカの野球賭博事件ばかりが報道されるのだ。(通訳だけでも早く、逮捕すればいいのに)

僕にとって、3月25日の最大ニュースは「熊本県知事選挙で自民党の候補者が当選」したというニュース。

どう考えたって新県知事は自民党推薦ではなく自民党100% 候補者なのだけど。自民党の広報版にポスターが貼られ自民党選挙カーが彼の名を呼ぶ。県内の市長村長、議員の支援の岩盤組織戦。どこが無所属なもんかい。彼は中央(自民党)とのパイプ、パイプと叫んでいたではないか。

投票日前日、近所に住む婆さんが、我が老母を訪ねてきた。選挙の度にやって来る。そのお婆さんは熱心な某宗教の信者なのだ。長い間、玄関先で、その宗教と合体した公明党の候補者、推薦者への投票をお願いしに来る。今回はヤマザキの食パンを持ってきた。昔は聖教新聞まで購読を無理に依頼してきた。(3か月だけでも!)

今回の熊本県知事選挙の得票数 投票率49.63%
◆木村敬(自民党・新人) ※自称・自民党推薦383,010票 
幸山政史 ※無所属・新人 287,750票

その得票差 95,260票 

この得票の中に、利権欲しさの岩盤組織票に加え、熱心な某宗教の信者さんの票がどのくらい含まれているのだろうか。その信者さんは、去年から一昨年にかけての統一教会の騒ぎをもう忘れてしまったのか。自民党は2枚舌でオタクらのライバル教団と、がっちりタッグを組んでいたのではないか?なんと寛容な宗教の教えなのだろう。信じ込むのをやめて、少しでも考える力があれば、得票差9万が、5万くらいになり接戦だったのだろうと、残念なんだなぁ。※熊本での聖教新聞の発行部数は約4万部(昔は公表されていた。嘘の部数だろうけど)

土砂降りの投票日の朝、ぼくはそのお婆さんがくれた、ヤマザキの食パン(なんか湿気て、ひなびていた…)にブルーベリージャムを塗って食べて僕は投票に行った。

よりそうふりして、引き延ばし突き飛ばす、カバ (終わらない水俣病)

よりそうふりして、引き延ばし、突き飛ばす、カバ(熊本県知事) 終わらない水俣病

 

水俣病が公式確認されたのが、1956年5月1日。(今から68年前) 国の公害病認定は68年9月。その後の裁判で被害を拡大させた国や熊本県の責任も確定した。裁判が終わらない限り、国も熊本県は今も加害者犯罪者。

不知火海は対岸の天草の島々を広く取り囲み、大きな円を描いている。もちろんお隣の鹿児島の出水市の海域も含まれる。つまり誰でも分かることだけど、有害な水銀を含んだ魚介類は大きな不知火海のエリアを回遊し、そのエリアで高濃度の水銀を含んだ魚をみんな食べて水俣病を発症したのだ。

嗚呼、それなのにその沿岸、全域の人々の水俣病か否かの健康診断を今も熊本県は実施していない。診断や補償するのは、国や県が決めたエリアの人たちだけ。その線引きから外れた地域の人の診断も補償も一切されていない。これ以上の補償額は払いたくありません。きっとあんたたちの手足のしびれは老衰から。(死ぬまで待ちます)というのが、冷酷な加害者、我が日本国と熊本県。だって全県調査したらとんでもない人数を、とんでもない金額で補償せないかんし、国は財政難だしアメリカのロケット買わないかんし。

判決が下る日の朝、熊本のNHKの朝のニュースでは、対象エリア外に住む女性が若くして、手足のしびれに悩まされ、見るからに水俣病の症状を表わしているのに、国や県は補償も何もしてこなかった。「今回の裁判はぜひ勝訴したかです」と呟いていた。彼女の向こうには、どんより曇った不知火海が広がっている。我が港町も対象のエリア外で、僕が中学の頃、突然、家の裏に住む漁師のお婆さんも足を引きずり路地を歩いていた。

更に、水俣病の診断のエリアは同じ水俣市でも山間部のエリアは対象外。都会の人は想像できないだろけど、昔は漁師さんが木箱に魚を入れて山間部まで魚を行商していた。山間に住む人が水俣病の症状を訴えても、行政の役人は「魚を食べた証拠に、その時の領収書を出せと」言い返したそうだ。(ここまで冷血な話は聞いた事がない)

去年の大阪地裁の判決では、国と県に「あんたら、ええ加減にせえ、水俣病で苦しむ人を早く救済せぇ」と言う妥当な判決だった。判決後、水俣病に苦しむ患者の人たちは熊本県庁に向かいカバ(熊本県知事)に面会を申し込み、控訴しないように訴えたが、カバ(熊本県知事)は無視、門前払いした。

カバ(熊本県知事)は、16年前、県知事選に立候補する時に水俣病で苦しむ人に「よりそい」、県政を担いたいと発言して熊本県知事に当選した。ところがカバは水俣病で苦しむ人を、よりそう(公約ではなかったのか?) ふりして、引き延ばし、暗い海に突き飛ばしたうえ、県知事を退任するのだ。

原一夫監督 ドキュメンタリー映画 「水俣曼荼羅」の1シーンで支援者の弁護士の問いにカバは、「私は法定受託事務執行官であります。判断基準は国が示します…」要するに、私は国の言いなりの歯車ですと、くどくど答えるシーンがある。(質問した弁護士は、そんなこたぁ、あんたに言われんでも、分かっている、あんたの気持ちを答えろと言っているのだ…)

こうして、ブログを書いているうちに、熊本地裁水俣病の訴訟団、原告全員の訴えを棄却したというニュースが飛び込んできた。その判決についてもカバはまともな返答をしなかった。なにしろ県知事選で弟子が苦戦中なのだ。水俣病どころではない。

沖縄の玉木知事を見てみろ。堂々と国に向かってアメリカの基地はいらんと抵抗しているではないか。国が何と言おうとも「今も水俣病で苦しむ人全員を最新の医療技術で診断、治療、補償します」の一言をカバは言えばいいのだ。

去年の秋、福岡で開催された水俣展を見に行った。ある展示コーナーで、当時のニュースの画像が延々と流されていた。当時の厚生大臣の園田直(熊本県選出)が、病院で重度の水俣病の患者をお見舞いする時の画像だった。おそらく30代くらいの女性患者がベットの上で体を、くねらせ、のたうちまわり、跳ね上がろうとし、押さえつけられ、首を曲げ、厚生大臣の前で突然「君が代」を歌い出した。かすれる声、音程の外れた「君が代」が病室、廊下の奥まで響く。園田大臣は急ぎ足で、その病室を去った。

歌う彼女は大臣ではなく、天皇が来たと勘違いしたのかもしれない。その画像は熊本のテレビ局の画像なのだろうか?悲しいかな、今の熊本の民放でまともに水俣病を扱うテレビ局はない。(不味いラーメン屋を紹介する番組は腐るほどあるが) 救いなのは NHKだけが、踏ん張って水俣病の特集を報道している。

嗚呼、今日(3月24日) 開票の熊本県知事選挙の結果はどうなるのだろう。もしカバの弟子の候補が当選したら、国の言う事しか聞かない歯車がまたひとつカチリと交換され、ギリギリと動き出すのだろうなぁ。その歯車が患者の首を静かに絞めつけ、苦しめ続ける。水俣病については国も県も加害者なのだ。その立ち位置忘れたら、いくらきれいごとを言っても、新知事もただの歯車の1枚に過ぎないのだ。

バラまきは増税のもと。熊本県知事選。

 

バラまきは増税のもと。

 

散歩中に見た、ある政党のポスターのキャッチコピー。なかなか良いではないか。

時々、僕の事務所に某宗教から本が勝手に送付されてくるのだけど、なかなかやるではないか。その団体が運営する政党のポスターのコピーなのだ。

 

熊本県知事選挙投票日まであと少し。我が自民党。前回までは「一心不乱」…いゃ「一心腐乱」したままなのだが、今回は、朱色の統一された色合いののぼりに「くまもと新時代…ともに未来へ」と書かれてある、なんとも「ダサい」のぼりが春風にひるがえる。このコピーは意味不明。「一心腐乱」の方がまだ分かりやすかったぞ。想像するに、もともとのコピーの原案に、裏金事件に追い詰められたじい様たちが、ああだ、こうだと意見を言い合い、あいまいで焦点のボケたコピーに決まったのだ、多分。

 

そんな意味不明ののぼりが僕の住む小さな町にもはためき出した。小さな味噌、醬油屋にも。ああ、商工会も助成金でいつもお世話になりますからね。中央とのパイプが売りの候補者。この人に頼めば、投票すれば、中央から特別に我が町にも天から補助金が降りてきますと自民党信者はそう信じ込まされている。

 

今回の候補者、自民党推薦と言いながら、選挙の公示前から、自民党の広報看板にでかでかと顔写真が載り、これはつんのめり、フラィング、反則技でなないかと思うのだ。彼は自民党の候補者そのものではないか。退任するカバ(蒲島知事)も自民党推薦といいながら、前後左右にびっちり自民党の県議、国会議員その他、大勢が脇を固め利権を守り抜いていたではないかいな。今、緑の自民党選挙カーに乗って手を振る候補者は自民党の候補者ではないか。

 

何十年も前から続いてきた、地方は公共工事がないとやっていけないという議論。今も、偉そうに開き直る土建屋がNHKでインタビューする記者に怒鳴っていた。これが相も変らぬ、岩盤保守層のおじい様の姿か。怒鳴るだけ、怒るだけ、脅すだけのあなた達のツケが我らに回ってきました。

 

昔の思い出だけど、ある観光協会の総会で、ひなビタある温泉街の振興予算について「こんな予算ではやってはいけん!」と叫ぶ、温泉協会のじい様がいて、その横暴ぶりに腹を立てた役所の責任者が「まず自分たちで振興案を考えて下さい、それでも予算が足らないと言うなら話は分かります」と言い返したら、いつのまにかその担当者は飛ばされて居なくなった。観光協会とやらもじい様たち(ばあ様、はほとんどいない)の利権の塊で、岩盤保守層の塊なのだ。ま、こんな話は、僕が言わなくても掃いて捨てるほどありますが。

 

最近は、無駄な農免道路は作り尽くしたし…おかげで道に迷うのだ…今度はいよいよ、八代から天草まで海をまたいで橋を架けろといいだす沿岸の市長、町長、議員ども。何兆円かかるねん。過疎地から過疎地に橋をかけて経済効果などあるものか。それでも作れと言い続け各自、カバを中心に手に手を取る人間の腐り…鎖が不気味なんだ。無駄な川辺川ダムの建設の次は天草シーレーンかと思うとぞっとする。

 

気の弱そうな、やさしそうな、自民党推薦の候補者君。

あなたの思考肉体は99%自民党…県知事に選任された後に、ここまで自民党のお世話になりながら、自民党の提案する議案に、時にあなたは無駄だと反論できますかいな?熊本の自民党も堂々と県議会の議員から知事選に打って出ればよいのに。(身内の賭けゴルフ、愛人騒動が告発されたばかりか‥)

 

今回の県知事候補者は4人。一人馬鹿が居て情けない。(土建屋だからお金はあるのだろう) 彼の「日本人による日本人の為の政治とか」言う、ヘイトスピーチギリギリのポスターのコピーは醜悪。バイクが趣味とのこと、一度、海外にツーリングして、欧米人に人種差別されてきたら?と思う。あんたの愛する日本はまだ、原爆落としたアメリカの植民地なんだから。ぼやぼやしてるとあんたの頭の上にオスプレイが落ちるぞ。

 

バラまきは増税のもと。裏金も増税のもと。
過疎地を豊かにするのは、補助金などあてにせずに、住民が自分の頭で考える事ではないか。

一心不乱に腐乱する、自民党 (赤いバトンって)


日頃は冷静で無口(友達がいないからか…)な自分だが、今回ばかりは思いをブログに書こう。明日から熊本県知事の選挙戦のスタートだけど、我が熊本の自民党は保守岩盤層を硬めに固めたようだな。候補者の一人前副知事は東大卒、現知事蒲島の弟子。総務省からやって来た典型的なお役人。国とのパイプがあるから僕に投票してと、言い出しているだろうが、そんな腐ったパイプがあるから無駄な道、イノシシロードが出来るのだ。当然、財政難、自立出来ない仕送り待ちの県内の市長、町長、村長議員たちが国の仕送り欲しさに前知事を応援する。要するに金目当ての選挙応援。

 

彼は自民党推薦と言いながらべったり自民党。県内津々浦々の自民党掲示板に自民党の国会議員、各地域の県議、市議の顔に顔を合わせて、真ん中に日の丸のハンコを押したダサいデザインのポスターを張りだしていた。これは自民推薦でなく、自民党の候補者そのものではないか。「こんな予算に裏金が使われているのかしら?」と疑念を抱かせる行為そのものではないかね。

 

流石に今回は「一心不乱」のぼのりひっこめ、違うのぼりを新調したようだ。どんなデザインか楽しみだな。こののぼりがはためく土建屋、事務所は自民党支持、腐ったパイプがある皆様と分かりやすい。そもそも、今の県知事の蒲島も同じやり方で、無所属をうたいながら、畑の中の看板は何時も自民党の議員の看板に寄り添って建てられてきたのだし。

 

蒲島は立候補時は水俣病に寄り添うと言いながら知事に当選すると、バッサリ患者を切り捨て、患者の面会謝絶に居留守に、パーティー開催で忙しく、問答無用の対応で冷血ぶりを世にさらした。患者がどんな思いで去年の裁判の控訴を断念してと県庁に面会に行ったか分からぬか。※原一夫監督の名作ドキュメンタリー映画水俣曼荼羅」の影のスターの一人で、彼は自分は国の歯車の1枚で何もできないと偉そうに語った。

 

川辺川ダムも建設停止のポーズを取りながらも、水害をいいチャンスにいきなりダム建設と言い出した。元東大の教授で売り出したのだけど、東大の先生が嘘ついたらダメじゃん。言う事聞かぬなら、村民にポンと20億やるから言う事聞けと。まともな説明会も開催せずにお金を出すから許して、ハイ建設決定!という単純明解なやり方で多額の税金使うのが東大流なのか?

 

これからの10年は熊本激動の10年なのだろう。台湾の半導体企業の工場建設で、地上げやら何やらで、一部の県民は大儲け。(県会議員で有名なゴルフ好き…どころか不動産やら何やら経営している人がいるが、賭けゴルフしなくても彼は大儲け)もちろん疑問視されているのが、工場に使う水問題。こっけいなのは水不足に備えて、近隣の田んぼに水を涵養させる事業に急に県が動きだした事(やってる感だけ)。ハイテク企業の水不足に対して「水を溜める田んぼ大募集!」というアナログな発想がもともと、この企業誘致が熊本県の能力をはるかに超えているという証左なのだ。(昨今の猛暑、日照りで水不足は間違いないのに)。その真逆な事件として、工場周辺の農地はとんでもない額で転売され、畑はどんどんつぶされ工場が建っている。後継者不足の地主としたらこれ幸いと農地も売り払いたいと思うに違ない。哀れなのは、借りた土地で農業、酪農を営んできた人たち。土地は売るから出て行けと急に言われた農家、特に酪農家、養豚家さんはどうしたらいいのだろうか。牛や豚はどこに行けばいい?

 

そして、さんざん県民が分断された挙句に、出てくるのが熊本の水質汚染の問題なのだ。その汚染された水の発生源が特定されるまでに数年はかかる。この構図は水俣病とまったく同じ構図。当時の県知事、役人は犯人がチッソと分っていても、チッソの工場の廃液を停める事は出来なかった。そのせいで数10万人に被害が拡大した。万が一水質が汚染された時に、水俣病の水銀中毒のような症状はでないだろうから余計に問題解決に時間がかかるのだ。水俣病の救済さえできない熊本県に、同様の事件が起きても解決できるのだろうかと、半導体景気の賑わいよりも僕は不安なのだ。

 

県知事の蒲島は、ある集会で候補者の前副知事にバックから赤いバトンを取り出し、それを彼に手渡した。これまで蒲島は、後継者指名はしないと断言してきたし、前副知事を応援もしないと発言してきた。記者団にその「赤いバトンは後継者指名」ではないかと聞かれた時に口ごもりまともな返事ができない。次にその「赤いバトン」はどうした?と聞かれたら「知らない人からもらった」と答えた。知らない人からもらった「赤いバトン」ってさ?

 

僕の住む地区は超過疎地で、保守岩盤層…代々、骨の髄から搾取され、無能化された、

お人よしの人たちが住む地区で今回の選挙の投票率90%は越えるだろう。時に福祉施設の職員が、よぼよぼよれよれの老人を車に乗せ投票のサポートをする。その老人たちは「●●さん」の名前ば書けばよかとね、と声をあげる。そうして背を丸め鉛筆で、必死で投票用紙に名前を書くのだ。「●●さん」というのは、その施設を運営する市会議員なのだ。今時、そんな事があるのか?と思う人がいるだろうが、僕は体調を崩す前、何度も選挙の管理人をやっていたのだ。投票時間が過ぎると、そのアルミの投票箱に鍵をかけ、車で約40分の開票場に持っていく。膝の上でカサコソ、投票用紙がこすり合う音がする。ラジオを付ける。開票時間と同時、いやその数分前に自民党の候補者の当確の一報が入る。僕は膝の上に乗せた投票箱を道沿いの暗い海に放り出しくなる衝動にかられた。

映画「パーフェクトディー」を見た。(レビューではなし)

 

3月3日熊本唯一の名画座「電気館」で

話題の映画「パーフェクトディー」を見た。

 

この文章はレビューではない。あんまし、他人のレビューも読まん方が良い。

チャット何とかで書かれているような気がする。一方的に罵詈雑言書いているレビューも多いのが他人のレビューをマジに読まん方がいい。そういう物差しで世間を見てばかりいると何も感じなくなるぜ。君は誰?

 

自宅から電気館まで車で約1時間…途中、通勤で通る緑川の河川敷に菜の花が咲き始めていたので、河原に下りて写真を撮った。まだ花は8分咲だった。この河原沿いの道を、僕は毎日車を走らせ通勤するのだ。

 

 

パーフェクトディーの主人公、平山は夜明け前、近所で誰かが道を掃く「サッサッ」という箒の音で目を覚ます。その後、大東京をめぐる高速道、幾重にも張り巡らされた道路を小さな作業車で駆け巡る。彼を東京スカイツリーがいつも見下ろして居る。普通の映画のように大きなドラマはいくら待っても起らない。饒舌に、ストーリーを語る人も居ない。いくら待ってもやってこない。

 

僕の一日は朝6時前、遠くから聞こえて来る原付バイクのブーンと言う、軽いエンジン音で始まる。その音は僕の家の前で、パタリと停まり、郵便受けに落ちる、コツンと言う音で僕は目が覚める。朝刊が配達されたのだ。そして、遠く離れた熊本市内の北部で新聞配達店を経営する、ウノさんの事を思う。ウノさんはこの道40年近く、新聞の休刊日以外、新聞を配達してきた。彼の店は配達する部数も多いので朝2時過ぎから作業を始めている。そんな彼が今年の3月末をもち、奥さんの体調も良くなく販売店の経営を辞めると聞いた。店の仕事は過酷だ。盆も正月も、ゴールデンウィークも休みなし。娘の結婚式も、親族の葬儀も朝から新聞を配達してから出て来た。映画「パーフェクトディー」を見てウノさんの事を思い出す。

 

これが映画「パーフェクトディー」を見た僕の感想だ。新聞を配達しながらウノさんは、泣いたり、笑ったり、怒ったり、何かを思い出したりしたのだろう。

僕も海沿いの自宅から、国道を延々と走り、橋を渡り、緑川の河川敷の道に入り、河原に咲く菜の花畑の景色をここ20年走り続けて来た。春の風にそよぐ菜の花。河原に下りて風を感じるのは本当に久しぶりなのだ。