ピラミッドのある町。

熊本市内の事務所を閉じて、ピラミッドのある町に帰る事にした。ピラミッドはエジプトだけにあるわけではない。熊本の片田舎にもピラミッドはある…正確に言えば、ピラミッド風の建造物で「海のピラミッド」と呼ばれている。何もその地下に、王の棺が埋まっているわけではなく、掘り起こしたところで金ぴかのミイラが出て来るわけではない‥が、微かにどんより落ち着かない匂いがする。
地域興しのシンボルとして建設され持て余され、引き取り手もなく、その堅牢さからして、今も三角形に踏ん張っている海のピラミッド。当初はフェリーの待合所としても利用されていたのだけど、赤字航路でフェリー航路も廃路。あっという間に単なるオブジェに変わってしまった。一時期、都会の若者に貸し出され、クラブダンスの会場になったりしたが、そのイベント事業も失敗してしまった。そんなピラミッドの姿を、移転した新しい事務所から海を隔てて眺める事ができる。もはや何も期待されない、すがすがしさがある。
そもそも「地域興し」というのは何だろう?という「問い」がいつも僕にはある。それに投下される莫大な予算に対して、無理して「答え」を出そうとすればするほど、更にお金がかかる。実際、誰も「地域興し」の「答え」など、マジに考えたことがないから、広告代理店、企画会社の口車に乗り、イベント開催、ひと時の賑わいを地域興しなのだと勘違いして、田舎の町は寂れてきた。みんな一斉に勘違いしているから、誰を非難するわけでなく、自腹を切ってやっているわけではないので、悔やむことなく、地域興しはオヤジ達の「オツカレサマ」の一夜の酒盛りで終わる。
今からちょうど16年前に、僕は熊本のお茶や特産の馬油製品を通販する会社を立ち上げた。その当時、地方の零細企業が都会の大企業に対抗して生きて行くには、マンツーマンの通販事業しかないと言われた時代だった。結果、僕は田舎暮らしの非力さ、無知の哀れさを、身をもって知ることになる。
「さぁ、これからは通販の時代です。日本全国の人々があなたのお店のお客様になるんですよ!」と言う、東京から来たコンサルに大金を払い、月一のセミナーに通った。言い換えれば「日本全国のお店が自分の店のライバルになり、レッドオーシャンの始まり」と言う事には誰も気が付かない。「明日から、あなたのお店の商品の売り上げが2倍、3倍も売れるようになります!」と言われ、ドキドキしながらコンサル料を支払う。ところが、いつまでまっても注文がこない。朝から、しんとした静かな事務所で一人、ラジオ体操をした。初めての注文は半年経ってからだった。
「日本人はストーリーが大好き、苦労談が大好き」という詐欺のような講義があった。コンサルは言う「皆さんは、まず病気になり、悩み苦しみ、どん底から這い上がり、今のあなたの商品を売る、そういうストーリーを作り、ホームページに上げ、お客様に同情され、感動されファンになってもらうんです!」
講義の参加者はバタバタと病気になる。癌になる、商品が予期せぬトラブルに合う、不幸になりながら血のにじむ努力をする。裁判で訴えられる。地獄から這い上がる。みんな必死でストーリーを作り出す。おそらく当時の零細企業のホームページでは、社長やスタッフの病気の罹患率は相当高かったに違いない。流石にそんな馬鹿馬鹿しい講義は耐えがたく、僕はそのグループから抜け出した。
わざわざ、そんなストーリーをでっちあげなくても、僕の体は過労で大きく傷んでいた。通販会社とは別にもう1社、小さなデザイン会社を経営していたのだ。通販会社の損出を埋めるために年中無休で寝る間もなく仕事をした。ピラミッドの頂点を下から仰ぎ、時には知人の「地域興し」のイベントのおこぼれの仕事をもらい、モニターツアー、ツーリズム、ふっとパスを企画したり、無駄な予算をジャブジャブ使い果たした。経験者は語る…「地域興し」って何だろう。
この国の「地域興し」とやらは、ピラミッドの頂点からばらまかれる札束を人々が奪い合うだけのイベントなのだ。過労で倒れた僕は10時間を超える開頭手術を受けた。
僕がこのピラミッドの町に帰るまで、16年の月日が過ぎたのだけど、当時言われていた「地方の零細企業が唯一生き残るための通販事業」とやらは大きく様変わりした。大手企業が参入し、通販事業は零細企業の最後の望みではなくなったのだ。リアル店舗でもオンラインでも零細企業はシヤッターを降ろし、うずくまって顔をあげる事ができなくなった。
駅前のシャッター商店街も姿を消し、空き地にはコンビニが出来た。そこでは画一化されたマニュアルに従い、店員もお客も誰が誰だか分からなくなる。結果そのコンビニも淘汰され、その跡地は借り手のない空き地に戻った。
コンビニのマニュアルというのは、見方を変えれば、今の時代の校則のようなものなのだ。無機質な田舎の町は、コンビのマニュアル化された町なのだ。深夜、誰も居ない店内に一人居ると「揚げたてのから揚げが出来ました、いかがですか?」と声がかかる。その声に呼応して店内のあちこちで声がかかる。
最近出来た、隣町のコンビニにコーヒーを買いに立ち寄る。何やら、レジのカウンターで賑やかな声がする。
外国人の女性スタッフが片言の日本語でお客に声をかけている。
「あなた、仕事何してる?」弁当を手にした泥だらけの作業着の若者が少し照れて答える「配管工っす」「あー、それは大変、寒いのに良く頑張るね」「まぁ」「今日も一日頑張ってね」「ありがとうっす」彼は笑顔で店を出た。
杖を着いて順番を待つ老婆に声をかける「おばあさん、今日もわざわざ来てくれてありがとう」老婆が答える「あんたに声をかけられると、元気になるよ」「ほんと、寒い中来てくれて、ありがとう」「足も悪いのに、荷物持てる?」彼女は丁寧に老婆の買い物を袋に入れて持たせる「本当に気を付けてね、ありがとう」
いつもは冷たい店内の空気が、何か少し、温まった気がした。
24時間営業のコンビニの中の数分の出来事だった。
デザイン会社を休業し、通販会社に一本化する。これまで店を支えて来てくれたパート陣に別れを告げる。
もう、いっぺんだけ、やってみようかと思う。
僕はこのピラミッドのある町が嫌いで、都会に出たのだ。そして帰って来た。
この町はJRの始発駅でもあり、終着駅でもある。