猫に溶ける日々…。

我が家は猫に取りつかれた家なのだ。常時、猫がまとわりつき、今、家には6匹居ついている。家の中だけではない、過去に勝手にベランダに上がって来て、そのまま、居候をしてハーレムが出来た集団もあり、日曜になると、ベランダの上にずらりとエサ待ちの猫が並んで、ベランダの掃除がてら、奴らを順番にデッキブラシで屋根に突き飛ばしていた。(散歩中の観光客が悲鳴を上げて写真を撮っていた) 家の前がバス停で、娘が停車ボタンを押したら、バスの運転手が家を指差し「ここが猫の家」とマイクで案内し、娘は顔から火が出るほど恥ずかしい思い出でバスを降りたそうだ。
猫どものうわさでは、何かあったら、僕の家の前で鳴いていろと言う言い伝えがあるようだ。ある時、ベランダ猫どもは春先の縄張り争いに巻き込まれ一家離散、その後にやって来たのが子猫3兄弟で、夜な夜な、網戸を順番によじ登り、家の中を覗くのだが結果、その3匹は(やむなく)晴れて家の猫に格上げされた。天涯孤独の寛太は裏玄関の傘入れの中、コダマは保護猫の出戻り、洋猫チャーリーは倉庫の前の洗濯機の中に潜んで入居を待った。半分、家猫気取りで、錆びついた物置に無理やり住み着き、順番を待つ猫も居た。寛太がガンで亡くなった後、血だらけでやって来たのが物置猫のハチ。ハチは血だらけでねぐらに帰還した。数日居なかったので気になっていたのだが、顔の右半分は食いちぎられ、左わき腹には10センチの深い切り傷…背中の毛はむしられ、全身血だるま。狸と死闘を繰り広げ最後は食べられかけたのだろう。仕方ないので病院行き、全身を縫い合わせ、家の中のサークルで看病し栄養剤を与え1か月。今や傷も完治し下剋上、去勢後、仕方ないのでそのまま家で飼う事にした。残念なのは血液検査で猫エイズに感染したことが分かったこと。つまり先住の猫とは基本、同居不可となった。ハチだけは特別扱いで僕の部屋で同居することになったのだ。
こんな猫話、猫に関心のない人にとってはどうでもいい話なのだろう、が、話は続く。うちの家には猫が集まるが、人間の僕が外に出ると、不思議と猫の居る場所に足が向くのだ。通勤中、ちょっと寄り道して、海沿いの国道から少しそれた神社裏の漁港で景色を眺めていると、ぞろぞろ猫が寄って来た。港町なので猫が居るのは当たり前だが、こうぞろぞろやってきたら僕もとまどう。仕方ないので餌をやると、懐いてきた。当時居たのは大人猫の5匹、ドン、シロ、ピュー太、アクア、マリンと名付けた。ドンは一目見て、ひどい疥癬に罹患していた。とても人懐こいが、体に触れたら危険だ。疥癬は人間にもすぐ感染する。ピカピカのスポーツカーがやって来て若いカップルが肩を寄せ海をうっとり眺めている時に、そのピカピカのスポーツカーのボンネットの上で、ドンちゃんはあくびをしながら、疥癬の背中を掻いている。可愛い彼女はスマホを取り出し、「かっわいい~」と言いながら、ドンの画像を撮る。何も知らない二人はその後どうなったのか。
そうして数日経った時の朝、エサをやっている時に水色の車がやって来て、30くらいの女性が降りて話しかけて来た。彼女…Tさんは近くに住む、保護猫活動をしているグループの一人だった。水色のスカートをはき、腕を組んで話す姿は、猫たちリーダーのようだ。瞳が猫目になっている。彼女は毎日餌をやりにきていたのだ。筋金入りの猫娘で、家には20匹近く保護した猫が居ると言う。
ある時、彼女からLINEが来て、今いる猫チームを全員、去勢、避妊手術し地域猫にしたと連絡があった。夜中に檻を仕掛け、全員捕獲し、動物病院に連れて行き、また元の住んだ港に放ったという。数日間は、手術のショックで出てこないが見守る必要があるから、宜しくとの事だった。ところで、疥癬の酷いドンはどうなったかと言うと、ケージに入れ新幹線に乗り、博多に住む仲間に引き取られていったという。その仲間の家にはキャットランがあり、ドンは疥癬の手当てを受けているとの事。しばらくし、疥癬は治癒し温厚な性格のドンちゃんはみんなの面倒を見ているらしい。僕の知らないところで保護猫活動の秘密組織があるらしいのだ。
彼らからすれば僕の家なんて、ただの猫好きの家にすぎないのだ。僕は社会的な活動が出来る性格ではないし、保護猫活動の使命感はないのだ。それから数日後、手術を受けたみんなはいつもの場所に戻って来た。連中の耳には地域猫のマークとして耳の先が三角に切り取られていた。
大人の地域猫はいくら慣れていても、なかなか引き取り手が居ないのが現実だ。この港の猫達は捨てられても、何とか生き延びて大人に成長できたけど、人間について警戒感が解けない。いつ捕獲されるか、もし保健所へ連れていかれる気配を感じれば、即座に逃げ出す体制を取っている。
この港は、海苔の資材置き場でもあり、昔は海だった。だから台風となると防波堤を越えて波が、どばっと溢れて来る。歩けないような強風が吹き、冬は氷つく。誰が設置したのか、ある日突然、小さなお地蔵さんが設置されていた。お地蔵さんは海に向かい手を合わせている。設置された理由は何か不幸があったのだろうが、大風が吹いた時に、そのお地蔵さんは吹き飛ばされ、首が折れて転がっていた。僕は仕方なしに体を持ち上げ首を置いた。幸いにも数日後、その首は接着剤で止められ、周りを分厚いベニヤ板、ブロックで囲まれ、ブロックの穴にもロープがくくり付けられていた。おまけに不動明王の像も仲間に入れられていた。
つまりこのかた、僕の時間は40年近く、猫に溶けていたのだ。そしてこれからも続く。
Tさんは今妊娠中で、出産を12月に控えている。その前後1か月は僕がエサやり当番なのだ。正月は大変。疑い深い老いた母に、近くの公園にウォーキングと嘘をついて車を走らせるのだけど、正月もウォーキングするのか?雨の日も歩くのか?LINEで指令も下る。
去年、物忘れが気になり、心療病院で脳のCTを撮った。6年前の開頭手術のダメージが脳に残っているらしい。挟まれたクリップの周辺に暗い影が見える。そして海馬の形がおかしいのも分った。今年も1年ぶりにCTを撮る。問診もある。
今日は何日?…思い出せない、適当に言うが当たった。
先生の名前は?…違う名前を答える。
この病院の名前は?…思い出せない。
100から次々に7を引いて下さい。…83から答えられない。
…一応、問題なし、だった。
突然だが、猫に心はあるのだろうか?と思う。
奴等には鳴き声はあっても言葉がない。言葉がないと、思考がないわけで、9割以上、奴らの行動は本能なのだ。つまり僕は、奴らに半分仲間と思われているか、猫になりきれない子分に思われているだけなのだ。猫に対する人間の行動は過剰サービスなのだ。
思考がないから、彼らには明日の希望もない。昨日の思い出も後悔もない。明日の期待、死の恐怖もない。(だから自死しない)
ところで、人に心はあるのだろうか?と思う。言葉があるというのは何某かの思考が出来るわけで、人間の行動は思考と本能なのだ。そもそも心とは?心と言う言葉は人間が作ったものなのだが漠然とし過ぎている。
昔の高僧は、心の世界を文字化するために、例えば「般若心経」などと言う経典にその世界をまとめた。その経典の言葉を信じるか、どうかで、見えて来る世界は違うものになるのだろう。
「我思うに我あり」…自分の存在を自分で認めるという意味の言葉…その意味は自分で自分の事を信じているという前提での言葉だけど、自分で自分を疑う事を前提に考えると「我思うに我あり?」と疑問符が着く。我は我なのか?
猫どもは猫であるがゆえに、猫であり、自分の存在を疑わない。最強だ。奴らは毎晩、呻吟する僕の姿を見て、半分諦めた顔で、あくびをしながら眠りに落ちるのだ。