1本の木も植えなかった五木村。

五木村に通い始めて35年…つれない釣り師として村内の川をうろつきまわり、川をさかのぼり、五木村の奥の秘境、五家荘(ごかのしょう)に行きあたり、通いつめ、山で遭難、山野草の写真を撮り続けて来た自分だけど、当時の村の姿と今の姿の落差に驚きと諦め…ついには怒り!を感じる夏の日…我が思い出の五木村。今の無個性な村にしたのは誰なのだ。(そんなこたぁ、熊本県民のほとんどは関心がないだろうけど)
五木村の人口は828人(令和6年2月)。熊本県で一番人口の少ない自治体で、その村にダムの建設の迷惑料として熊本県から100億円が「地域振興費」の名において支払われる事になった。県と国がダム建設を事実上、断念した2009年からも迷惑料(地域振興費)として、村には数億円が支払われていた。
ダムを建設したり中止したり、また建設すると言い出したり、村民からしたら、こうコロコロ方針が変わったら、たまったもんじゃなかったろう。今回も国と県は住民の声をきちんと聴かずにダム建設を決めた。形だけの「やらせ公聴会」を数回開催しただけで、「はい、決定」と当時の県知事の蒲島は翌日東京に行き、国交省の大臣と握手した。すでに話はできあがっていて、住民説明会なぞ、する気はなかったのだ。彼のいつも言う「県民幸福度」というのは、イメージ優先で人をいい気分にはするが、何ら数値化できない曖昧なものだった。(退任時のみっともなさよ )おかげさまで、ダムの建設費は膨らんで3000憶円に膨れ上がりましたとさ。
そりゃぁ、村民一人一人の声を無視したと言われて、じゃ全村民828人の声を聴いていたら、又、村は分断されただろう。何を言っているか分からん人もいるだろうし…村民投票の1票の価値はいくらくらいなのか。ダムには球磨川漁協の漁業権も絡んでいて、前回、ダム建設反対、賛成でもめた時は漁協の理事にとんでもない金額が国交省から振り込まれていたり、理事が賄賂で逮捕されたり、多数決に勝つために漁師でない者までも漁協員として登録されていたりして大混乱が起こった。いくらマスコミで批判されても、そんなきれいごとなど気にしない、肉食魚が村の周辺の川に巣食っているのだ。住民説明会で偉そうにダム促進をうたった人吉市会議員も逮捕された。肉食魚の生息地域は川辺川の流域全体、広大だ。彼らにはダムが金の流れて来る川なのだ。村民はダム反対、賛成で仲たがいする、そんな悪夢はもう見たくないのだろう。
ダム建設が一旦白紙になった後、「フライフイッシング」のイベントがあり、僕も参加した。夜はバーベキュー大会が開催されたが、その夜、よそ者の僕らに向かい村長は「五木村について言いたい事はどんどん話してくれ」と挨拶した。お手伝いの村の職員に「そんなことをいう村長は良い村長ですね」というとさっと彼らの表情が曇ったのを覚えている。
五木村を流れる梶原川は、「フライフィッシング」の聖地として全国的に有名で、釣り人が集まってきていた。温泉館が完成した当時は館内に「フライフイッシング」の資料コーナーもあり、写真集や名人の作る貴重は釣竿が展示されていた。が、あっという間に取り壊されて物置になってしまった。聖地、梶原川の底も平らに整地され、ヤマメの潜む岩も無くなり、釣り人の姿も消えた。もうあの清流はと取り戻せない。村自身で破壊してしまった。
「自然を守れ」とかいう人に限って、本当は自然には何の関心もない人が多い。芝生の上で弁当食べるのが気持ちいいと感じる程度。そんな川の1本や2本、消えたってどうでもいい。彼らにとってはきれいに整地された景色が自然に見えるのだろう。そんな平べったい安全な川が、後世の子供たちの原風景となる。(とても悲しい)
あらためて僕は思う。「地域振興って何?」
どういう基準が「地域振興」に成功したと言われる事なのだろう。村に行くと、すれ違う人、すれ違う人がみんな笑顔でたまらない。手には野菜を持ち「持っていきなよ」とお土産を手渡す?まさか、これが地域振興?
今回の県が提案した観光による地域振興案もバスで村内の観光スポットを周遊するだのどうの…全国各地で話題を集めた事例をまとめたものにすぎず、こんな企画に数億円ばらまくのかいと流石にあきれしまった。ダム反対派も負けじと、バスツアーを企画し、都会に住む人を五木の川を案内して「自然はいいですね、水がきれいですね」(そりゃ誰でもそういうだろうよ)とかイベントを実施したけども、どちらの企画も僕はうんざりする。
与えられた「地域振興費」は消費しなければいけないのだ。折角の予算を使わずに貯金したままだと「何もしていない」と批判される。その無駄な消費の為に広告代理店、コンサル、マスコミがその予算にむらがり、村が喜びそうな企画の提案を行う。村も自力で考える力はないので、たくさんの提案のなかで「よさそうな案を選ぶ」だけ。
これまで村はひたすら無駄な鉄橋を架け、川辺川沿いの左右に大きな道を作り、今流行のキャンプ場を建設してきた。これからも「地域振興費」は五木村の自然を食いつぶしながら消費されていくのだろう。なんで自然を壊し、広い道路を作る前に木を植えなかったのだろうか?平地にキャンプ場を作る前に、今ある自然を基本に景観を活かした自然の交流施設を整備しなかったのだろうか?村には土建屋がめちゃくちゃ多いから地域振興費を使いたいのだ。ここにも生態系を破壊する肉食魚の群れが居る。
コスパ重視の世間に息苦しさを感じた人が村に来るのだから、コスパでない地域振興が何故、村に出来ないのだろうか?都会人に不便さで嫌われるのが怖いのだろうが、都会人から「よく、こんな不便な山の中に住んでいますね」というあきれた声が実は、誉め言葉なんだと気が付かないのだ。
例えば、阿蘇の有名な水源地の駐車場には、ずらりと自動販売機が並び、うんうん、うなりながら電気を消費している。そんな光景が県内のあちこちに散在している。みんな美味しい自然の湧水を飲みにきたのだろうけど。片手には工場で殺菌されたペットボトルがあるんだよな。
くどいけど、橋の下から谷にとび降りる「バンジー」って何よ?どこに村の振興がある?みんな面白がって、谷の底を覗くが、そこには虚無しかありません。僕はあの黒い熊のキャラクターが大嫌い。熊本県内、出しゃばり、どこまでもつきまとう黒い影が、僕に笑顔を強要する。(こんなこと言えば村八分になるからここだけにしておく)
2024年8月 (もうどうにもならんか…)五木村を通り、いつもの五家荘の山に向かう。

