三度目の正直はなかった。

もともとしつこい性格なのだ。サツマニシキに会いに3回目、宇土市のある公園に出かけた。前回は初回に発見したほぼ同じ場所にニシキは居たのだけど、さすがに3度目の再会はなかった。会いたいのなら来年の今頃、同じ場所で。それでも会えたとしたら奇跡なのだろう。日本から台湾まで旅する蝶、アサギマダラならともかくサツマニシキは蛾なのだ。かれはあまり旅は得意ではないらしい。
天気も良かったので帰りに宇城市の陶芸展の幟が目につき、網田地区の窯元を旅した。まずは網田焼資料館。細川藩御用達の網田焼だが、明治維新後、お城からの仕事は無くなり、窯も廃炉になり当時の窯元はない。今の網田地区の窯元はそういう歴史はない自分史をもつ作家の窯元なのだ。網田焼資料館で時間がかかり、個別に回ることはできなかった。網田焼資料館も全体で雰囲気が整備されれば、田舎の風景を支える歴史の重りになるだろうに。なんか惜しい。
地域で有名な蒼土窯の窯元に行くに、なんと休みだった。蒼土窯には約30年前に僕は訪問したことがあるのだ。主の方に会えたとしたら、サツマニシキの再会どころではない。窯の作風というかウリの一つは、蒼い土に野草そのものの姿を焼き付け、デザインし、淡い釉薬で色付けするものだ。山で拾った葉の一枚もマグカップにそのまま貼り付けたら完成だが、窯の本命は巨大な自然の命を原寸大で焼き付け表現するのもので、建物の大きな壁面を野草の森のレイアウトで飾られる作品で有名なのだ。「山で拾った葉の一枚もマグカップにそのまま貼り付けたら完成」とかいう説明も適当すぎて窯元には失礼な言い方かもしれない。その一枚の葉で自然を感じるか、お土産品に感じるか感じないかは個人の自由だからね。
僕が撮影する五家荘の写真も、一枚のハガキに印刷したら自然を感じるか、お土産品の一枚になるか、感じる人の自由だけど。
基本はそういう手法、モチーフにとらわれずに粘土をこねくり、何かを作り出す作風の方が僕は好きですが。
まぁ、狭い網田地区に数件窯元があるだけでも、休みのぶらぶら歩きは楽しいものになるからいい。
細川藩御用達の白い陶磁はどこかで見かける形式的なものでなんら刺激も何も感じないと思っていたが、資料館の展示の陶器を見ると、その透けて見るような白い陶器の方が、眺めていると何かジーンと来るのだ。何でもない物の作品もよく見ると美しい。
陰影礼賛…資料館の向かいの当時を管理していた中園邸の屋敷は灯りがなく薄暗い。電気も何もない当時の家の中はそもそも薄暗くて当たり前。その暗がりの中で、薄く白い陶磁を手のひらで愛でる、感覚こそ味わってみたいものだ。
中園邸の立派な庭の景色、縁側に吹く風。陶器を味わう条件とは、何も明々とした灯りの下で眺めるものだけではないと、改めて思うのだ。