強運半分、不運半分。
こんな僕でも悩ましいオジサンなのである。仕事もいつも綱渡りで久しぶりに会う人からまだやっているの?という顔で見られるが、それはお互い様「あんたこそ、まだやっているの?」と言い返すべきだと思っている。言い換えれば久しぶりに会う人に向かい「まだいきているの?」と聞いているのと同じ、失礼ではないか。「定年だからゆっくりしよう」とか言うのもちょいと変だ。人間定年も待たずに、いつ死ぬしか分からないしね。
面白半分、猫半分。僕は強運と不運半分の人生だ。クモ膜下で半分死にかけた時の4か月前、山に登り、道に迷い滝に落ち遭難。岩陰で一夜を明かし、川を泳いで岸にたどり着き、あの時も死にかけた。数年前は居眠り運転の車に正面衝突され、胸骨にヒビがはいるも一命をとりとめたこともあった。事故担当の警察官は「もう少し、相手がスピード出していて正面だったら即死でしたね」と調書を取りながら語った。僕は60歳になるまで強運、不運の繰り返し人生なのだ。定年も何もなく、僕の仕事は自分でやめるまでが定年で、もちろん退職金もないし、事務所が倒産したら無一文。ただ、家の猫ども6匹の暮らしだけは何とかしなければいかんと思っている。今もカスミ食って生きている身なのだけど。
そんな強運半分不運半分の僕の友人にも立派な定年退職がやってきた。「立派」というのは早期退職のこと。退職金上乗せするから、早く辞めましょうね、という耳元でささやき肩を叩かれる3年早い定年退職なのだ。某大手マスコミの管理部長だった出口さんは、温厚誠実な人柄で一心に仕事に励んできた。そんな彼がわざわざ福岡から熊本まで別れの挨拶に来た。出口氏は管理部長の仕事柄、これまでたくさんの人々をリストラしてきた。一番嫌な仕事だが、彼の訥弁から話をされるとリストラされる方も、感情的になれないはずだ。本社から出口氏は人格攻撃受けながら、リストラの仕事を押し付けられながら仕事を続けてきたが、最後に、出口氏のほうがリストラされて、その後の進路は、何のコネもなくハローワーク通いらしい。駅のモスバーガーで若者に混じり、2時間、コーヒー一杯で昔話を語り、笑い懐かしんだ後、彼は改札口の向こうに消えた。ちょいと寂しすぎると思い、出口氏のことを知る、当時の部下のツネちゃんに連絡した。ツネちゃん曰く「当然ですよ。あんな老害、何も仕事せず一日ぶらぶらしている出口さんを見るだけで、若い奴ら、やる気なくしていますから」と言い放った。まさかツネちゃんがそんな言い方するなんで僕には驚きだった。そんなツネちゃんを10年近く前にリストラして、「熊本にいても未来はないと」で出口さんの子会社に雇用してもらったのは僕なのだが。そして、毎年来ていた出口さんからの年賀状は今年から途切れた。
そんな中、先週、今度は某大手マスコミの子会社の社長、Mさんが僕の事務所にやってきた。Mさんは出口さんの元同僚で、会社にリストラされる前にその子会社の社長を引き受けた。去るも地獄、残るも地獄というやつだ。誰も拾おうとしない、「火中の栗」を拾った。栗はいくつも熱く弾けている。話を聞くに、もうその会社は手が付けられないのだな。仕事は激減、どんどん人はやめるし、社長業どころではないのだ。新しい事業を始め軌道に乗せるにはうまくいってあと3年かかるしどうするMさん。しかし新しい事業どころでない、目先の仕事を何かしないとどんどん船は沈んでいく。
ああ、僕はコンサルではない。まともなアドバイスはできるわけがない。ただ、これまで変なコンサルもどきに騙され、失敗したのが財産でもある。高い高い授業料を払ったことも多々あるのである。奴らは売り上げがあっという間に何倍にもなりますと、必死で教えにくる。売り上げが何倍も上がるのは彼らのふところだけで、僕の売り上げは上がるどころか、どんどんお金を巻き上げられた。世の中そんなバランスで成り立っているのかね。連中は相手がバカだと思うとだましに来る。相手が賢いと気が付くとだましに来ない。国交もそんなものだろう。
面白半分、猫半分。強運半分、不運半分。久しぶりに会う人よ。「まだやっているの?という顔で僕を見るなよ」そんな時、俺は猫の目でじっとあんたをにらみつけ、あんたこそ、まだやっているの?」と言い返すから、にゃ。
