面白半分 猫半分

人としての面白半分な日々と、猫とともに面白半分な日々。熊本在住。頭も半分、おバカさん。

戸川純 再録

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過去に書いたブログの中で、戸川純のライブの時のリポートのようなブログがあり、この「ぼちぼち日記」というブログが最後の1個の段ボールにするとして、本棚を整理中に見つけた日記の1枚として再録することにした。歌姫としての絶頂期からいろいろあって、いろいろ背負うものもありながら、不自由な体で、それこそ何かを背負ったような丸い背を振り払うように絶叫する歌姫の降臨の時に僕は立ち会うことが出来て良かった。 2017年7月1日 再録

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7月1日に戸川純のライブに行った。熊本は初めてとのこと。最初で最後かもしれんとチケットを買った。実のところ、僕は彼女のレコードを何枚も聴いているわけではなく、好きな歌をひたすら聞いている偏ったフアンなのだ。特に「蛹化の女」が大好きで、この歌は何度聞いてもいい。クラッシックの曲をベースに「月光の凍てつく森で、木の根ほじれば蝉の蛹のいくつも出てきし…」という出だしで、こんな彼女がいたら確かに怖いが、確かに居るのだ、戸川純という女が、愛する人を思いすぎて地中深く蛹となり、細菌に寄生され飴色の背中から茎が伸びるのだ。写真家でもあり映画監督でもある蜷川実花さんも、僕と同様、「蛹化の女」が大好きで若い頃から延々と聞いていたそうだ。(日本中に、結構な数の「蛹化の女」隠れフアンがいるのかもしれない。)

彼女もデビューしてからすでに30年超え、「塩酸飲んでも死ねない、頸動脈切っても死ねない」「愛していると言わなきゃ殺す」と彼女が歌うがごとく、彼女はいろいろありまして、全盛期のメジャーシーンでの活躍は遠い過去の話で、今回、地元FM局のインタビューでもろれつが回らず、話もあやふやで、大丈夫かいなと思っていた。

しかし、何しろ僕にとっては天下の戸川純である。玉姫様である。椎名林檎鳥居みゆきも尊敬している歌姫様なのだ。なんとしても一目、一曲聞かなければと、時間をやりくりして会場に足を運んだ。

10分遅れで演奏が始まる。ライトが当たるとステージ中央には、顔のむくんだ、小太りのフランス人形のようなロリータファッションに身を包み、猫の帽子を被った戸川純が椅子に座って居た。まるで認知症のおばあさんである。不似合いなハートの形の眼鏡をかけて、無言で客席を見つめている。

で、ギターがガーンとなると、眼鏡をさっとはずし、しゃきっとして歌を絶叫し始めたのだった。(何故か一曲目の歌を僕は覚えてない)声量も衰えていないし、若かりし頃の画像に比べ、よけい凄みを増したようだ。しかし長時間立つていられないようで、一曲歌い終わる度に椅子に座り、首からかけた黒いカバンからハンドタオルを出して汗を拭くのだった。

まぁ観客のほとんどがおじさん、おばさんで彼女と似たようなもの。僕も立ちっぱなしですぐ腰が痛くなった。椅子で休憩しながら、往年の名曲をガンガン歌いまくる。バンドの演奏もシャープだ。僕の左前には、角刈りの日に焼けた無精ひげの男が白いTシャツにジーンズで腕を組んだまま仁王立ちになっている。最初から終わりまでびくとも動かない。彼は感動で固まったまま動かないのか。そして右前には、それなりの自然志向の風情のバックを背負った中年男が一人。彼は、途中「蛹化の女」が始まる頃から、感涙止まらず、ハンドタオルで顔を何度もぬぐっていた。僕はといえば、その二人の真ん中で両手をよれよれになってリズムに合わせて拍手していたのだが。(この見知らぬ男同士の三角関係も不思議な光景だった。)嗚呼、憧れの「玉姫様」よ。「諦観ブカシンガ」も良かったな。アンコールの「パンク虫の女」も良かった。

ライトを浴び、顔を斜めに上げて時折しかめっ面をする戸川純の表情は素敵だった。一番の盛り上がりはバージンブルースで、みんなで大合唱となる。この曲は敬愛する作家の野坂昭如氏の持ち歌で、映画のテーマにもなった歌だ。(こんな曲でもカラオケに何故か入っていて、昔、仕事先の懇親会のカラオケでお偉いさんを前に僕はこの歌を絶叫したことがある。良い歌は良いのだ。僕の葬儀で流して欲しい歌の一つだ。)

休憩をはさみ二部構成で、トータル2時間近く、大盛り上がりで幕となる。ろれつも、最後まで回って、話もちゃんとしていた。しかし、熊本くんだりまで、もう来ないだろうな。会場にはチラシもポスターもなく、なんのグッズも販売されていない。チケットの半券だけが、思い出の品になった。

帰りの繁華街の通りはいつもの週末の賑わいだ。たった2時間、この街には玉姫様の魂が確かに降り立ったのだけど、すぐ消えた。夢のように。

 じんじんじんじん、血がじんじん…あなたもバージン、私もバージン…バージンブルース。